2-1 無機態窒素では説明できない例
リービッヒによる無機栄養説が近代農学に果たした役割は非常に大きく、現在でも、その基本原則は揺るぎないものです。ところが、土壌中の無機態窒素量では作物の生育と窒素吸収量を説明出来ない事例が多数存在します。英国ロザムステッド農場では、堆肥、緑肥、ワラの有無と化学肥料窒素施用量を変えた連用試験が行われました。大量の窒素施肥は作物の窒素過剰を招き、窒素の施肥反応がなくなり各試験区の差は小さくなるはずです。オオムギと冬コムギはこの現象が認められ、堆肥区と緑肥区のオオムギと冬コムギは、有機物に含まれている養分(P、K、Mg)相当量を化学肥料で施用した区と同程度の窒素吸収量でした。しかし、ジャガイモとテンサイの窒素吸収量は、堆肥区や緑肥区では化学肥料区より多く、窒素施肥量を増やしても化学肥料との差が縮まりませんでした。ジャガイモとテンサイは有機物源からの窒素を効率的に吸収しています2)。
松本ら43)は、全国の都道府県農試の成績概要書を検証し、いわゆる無機栄養説では説明出来ない事例が多数あること指摘しています。図21-1と表21-1は、松本ら2)が行った試験の一部です。有機物の少ない土壌に菜種油かすを施用し、数種野菜の窒素吸収量をみたものです。土壌中の無機態窒素量は、硫安区に比べて菜種油かす区が明らかに少ないにも関わらず、ニンジン、チンゲンサイ、ホウレンソウの窒素吸収量は菜種油かす区が上回っています。菜種油かす区は土壌中窒素の蛋白様窒素の量が他の処理区より明らかに多くなっています。この蛋白様窒素の意味は後ほど詳しくみていきますが、これらの作物は有機態窒素を積極的に吸収・利用し、ピーマンとリーフレタスは有機態窒素に対する反応が小さいと考えられています。
表21-2では、ホウレンソウの乾物生産量は菜種油かす区が硫安標準区を上回り、窒素吸収量も若干多くなりました。ホウレンソウの体内硝酸濃度は硫安標準区が高く、土壌中の無機態窒素濃度を反映した結果です。体内硝酸濃度は、土壌中硝酸態窒素濃度を反映していますが、窒素吸収量は菜種油かす区の方が多くなっています。ホウレンソウが主に無機態窒素に依存していると考えると矛盾した結果です2)。
表21-3は、さらに分かり易い結果です。山土入り農家ぼかし肥、市販ぼかし肥(商品名バイオキング)の土壌中無機態窒素量は常に低く推移し、無窒素区と大差ありません。ところが、ぼかし肥施用区の窒素吸収量は硝安区と差がなく、市販ぼかし肥では生育量も上回っています109, 110)。 |