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ながいも豆知識
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ヤマノイモ類の食用以外の用途 北海道における長いも栽培 引用参考文献
  第3章 長いもの歴史
 ナガイモは中国では紀元前2,000年、神農皇帝のときに薬用として使用されていたという記録が残っています。非常に古い時代から栽培されていたものとみられています。原産地は中国南部の雲南地方で、これが次第に北上し、北中国から東北中国、朝鮮半島を経て日本に達したものと考えられています。
 日本で栽培のはじまった時期は、作物の中でも最も古い部類に属し、縄文後期、焼き畑での雑穀類や陸稲の栽培のはじまる以前と言われています。しかし、植物学的な意味でのナガイモなのかヤマノイモ自然薯なのか不明な部分もありますが。さらに、移民によってもたらされ、ハワイでも栽培がみられます。また、19世紀中頃、ヨーロッパで疫病の流行によってジャガイモが全滅した折り、中国からナガイモがもたらされましたが、定着することはありませんでした。
 日本でも古くから記録に残されている植物ですが、ヤマノイモなのかナガイモの方なのかはっきりしない記述も多いようです。しかし、平安時代中期以前の古い文献では和名の記載がなく、薯蕷という漢名が当てられています。平安中期には”やまついも””やまいも”という和名が記載されているようです。いもがゆ(薯蕷粥)で表現される利用で、主として貴族の間で、貴重品として食用に供されていました。当時植物の知識は遣唐使にしたがって中国大陸に渡った留学生または帰化人によってもたらされたものですから、中国原産の植物であったことは容易に想像出来ます。山芋類の栽培は先ほどもふれたように相当古い時代からだと考えられていますが、確実に中国伝来のナガイモが栽培されだしたのは鎌倉時代から室町時代であるとされています。しかし、私(ホームページ作成者)の思うところでは、鎌倉以前にも栽培されていたとするならば、ヤマノイモ自然薯の栽培が現在でも非常に困難である事実を考えると、それはナガイモであったように思われるのですが・・・。ただし栽培法に関する詳しい記載がみられるのは江戸時代の宮崎安貞著農業全書がはじめだそうです。また、同じ江戸時代の書、草木図説によれば、自然に産するところのいわゆる自然薯とは区別して、各地に多様な形態のいもと多様な呼び名があることが記載されています。
 先の平安時代のいもがゆとしての利用は江戸時代には忘れ去られ、副食として大いに利用されたようです。その調理法は、いも百珍(1916)や豆腐百珍(1782)などにみられ、東海道中膝栗毛後編(1803)には、「丸子の宿のとろろ汁」として名物料理としての記載があります。
 近年でもヤマノイモ類の記載は混乱しているぐらいですから、特に古い時代のものはヤマノイモなのかナガイモなのかあやふやな部分もあるわけですが、日本における長いもの歴史はかなり古いということは分かっていただけることと思います。
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